話しているのは誰? 現代美術に潜む文学

アート

Mandala Design sachiです。

  

国立新美術館に、話しているのは誰? 現代美術に潜む文学を観に行きました。

  
  

ー 国内外で活躍する日本の現代美術家6名によるグループ展を開催いたします。本展に参加する6名の作家は1950年代から1980年代生まれまでと幅広く、表現方法も映像や写真を用いたインスタレーションをはじめとして多岐にわたります。これら作家に共通するのは、作品のうちに文学の要素が色濃く反映されていることです。
古代ローマの詩人ホラティウスが『詩論』で記した「詩は絵のごとく」という一節は、詩と絵画という芸術ジャンルに密接な関係を認める拠り所として頻繁に援用されてきました。以来、詩や文学のような言語芸術と、絵画や彫刻のような視覚芸術との類縁関係を巡る議論は、さまざまな時代と場所で繰り広げられてきました。
展覧会タイトルが示唆するように、本展では文学をテーマに掲げています。ですが、ここでの文学は、一般に芸術ジャンル上で分類される文学、つまり書物の形態をとる文学作品だけを示すわけではありません。現代美術において、文学はこうした芸術ジャンルに基づく区別とは違ったかたちで表れているように思われます。日本の現代美術における文学のさまざまな表れ方を経験していただければ幸いです。ー

出典:
https://www.nact.jp/exhibition_special/2019/gendai2019/

  
  

反体制的なメッセージを感じさせるものや、資本主義への疑問、淡々と社会を写し取る写真群など。
どれも社会性を帯びた作品ばかりだった。
いや、そんな大上段に構えた物言いはそぐわないのかもしれない。
なぜならば、彼らが扱っているのは実際、身近なながめや出来事ばかりだから。

この現実社会を生きるわたし達を取り巻く環境やその中で湧き上がる疑問のようなものを丁寧に描写するとき、そこには図らずとも文学性が立ち現れるのだと思う。
考え方のおしつけではなく、物語をそのままのかたちでぽんと手渡されたとき、鑑賞者はおのずと自分自身で感じ始めることになるのだと思う。

    


田村友一郎 《Sky Eyes》

  

いま生きているこの世界の成り立ち方や仕組みなどに、たしかに疑問を抱く瞬間はあるけれど、多くの情報の中ですぐに忘れ去ってしまう。
そんな自分に気がつかされた。
資本主義大国の存続のためには途上国の労働搾取があり、犠牲がある。
コーヒーのマドラー等を象徴的に使って世界のありさまを表現していた。
タイトルの「Sky Eyes」は、実際には存在しないものを見たと認識してしまう「空目」と「上空からの視点」という2つの視覚に関わる要素を意味するのだそうだ。

  
  
  
  


ミヤギフトシ 《物語るには明るい部屋が必要で》

  

ミヤギはこれまでもいくつかの作品において、沖縄人男性と沖縄戦に関わったアメリカ人男性との恋愛を扱ってきたらしい。本作品でもセクシュアリティーと沖縄が主題となっている。
写真と映像と音楽が溶け合うように展示されていて、美しかった。夢かうつつか。そのような印象の絵ばかりで、観るものが自然と昔の自分の古い記憶にアクセスしてしまいそうな作品群。

  
  
  
  


小林エリカ 《ドル》


小林エリカ 《わたしのトーチ》


小林エリカ 《わたしの手の中のプロメテウスの火》

  

実現しなかったチェコのオリンピックや、同じく1940年の計画未完に終わった東京オリンピック、原子爆弾の原料となるウランやオリンピック聖火などにまつわるインスタレーション。
過去から今日まで連綿と続くストーリー性のある構成を、史実に基づいてドラマチックに組み立てている。
テキスト、ドローイング、写真、映像、オブジェなど素材や表現形態も様々。

ウランガラスを使ったオブジェは💲のフォルム。
米ドルの起源は、チェコのヨアヒムの谷から出た銀であるという。ヨアヒムの谷から銀を掘り尽くした頃、そのさらに地底から出てきたのがウランだった。
ウランとオリンピック聖火の起源と歴史が、幾つもの視点で交わっている事実もこの展示で知らされた。

最後の方の水面のように見えたビデオインスタレーション。
作者の意に反しているとは思うが、自分は「使用済み核燃料プール」を想起してしまった。
この展示ではその歴史までには触れていなかったけれども、その後、原子力発電所のメルトダウン事故までをも経験してしまったこの国の国民だからこそ、の連想なのだと思う。

  
  
  
  


豊嶋康子

  

幾何学的模様の彫刻が美しかった。

  
  
  
  


山城知佳子 《チンビン・ウェスタン『家族の表象』》

  

ささやかで平穏な日常に忍び寄る不穏な影。
それに気づきながらも、見て見ぬふりをし、これまでの自分のスタイルを貫こうとするひと。だが、その影にじわじわと蝕まれていく苦しみ。
はたまた、影の存在に敢然と立ち向かおうとするひと。
あるいは、それとはまったく違う位相から祈りを捧げようとするひと。
沖縄の辺野古の埋め立て問題をテーマに、人々のこころに生じる歪みのようなものを描き出す。こころを揺さぶられた。
主人公の夫婦の歌いあげる、オペラ風の歌唱法と沖縄民謡風の歌のかけあいが今の沖縄を象徴しているようで印象的だった。

  
  
  
  


北島敬三

  
  
  
  

見応えのある展示でした。

  
  
  
  


会 期: 2019年8月28日(水)~11月11日(月) 毎週火曜日休館
会 場: 国立新美術館

  
  




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