アール・ヌーボーの建築 #3 ~バルセロナ編

アート
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こんにちは。マンダラデザインアートブログのsachiです。

 

これまでに、ベルギーで始まったアール・ヌーボー様式の建築がフランスに伝播したことなどに触れてきました。

アール・ヌーボーの建築 #1 ~ブリュッセル編
アール・ヌーボー(Art Nouveau 仏:新しい芸術)は、19世紀末~20世紀初頭、欧州を中心に広まった美術運動をさし、建築や工芸品、グラフィックなどにその様式がいかされた。
アール・ヌーボーの建築 #2 ~パリ編
オルタに出会う前のギマールは、中世建築(有機的ではなく、どちらかというと幾何学的)を専門とする建築家だったとのこと。その彼が、ベルギーを訪れてオルタに出会い、タッセル邸を見るや否や、アール・ヌーボー様式に心を奪われた。そして帰国後には、手がけていた最中の建築物に大幅な設計変更を加えてしまった!青年エクトール・ギマール28歳。きっと、ものすごい衝撃だったんだ。。

 

最後はバルセロナ編です!
アール・ヌーボー文化の発祥順に北から書いてきたけれど、自分がこの旅の最初に訪れたのは実はバルセロナ。
何はなくとも、アントニオ・ガウディの建築を実物大で見たかったのです!

 

スペインでは、アール・ヌーボーは「モデルニスモ」と言われた。
この国には、日本人が大好きなガウディだけでなく、ドメネク・イ・モンタネールや、ガウディの右腕ジュゼップ・マリア・ジュジョールなど、多くの優れた建築家がいた。

 

バルセロナの街を歩くと、石造りの趣きのある建物が立ち並んでいるのが眺められる。
歴史的価値の高い建造物と思わしきものもさりげなくそこにあって、とても豊かな気持ちで散歩することができる。
成熟した文化を持つ大人の街、という印象を受けた。

 

通りを行く人たちは知的で真面目そうに見えた。ただの印象だけで言っているけど。
女性は黒っぽいコートにバッグを斜め掛け、というファッションが多かった(初冬だったので)。
黒ぶち眼鏡率が高かったかな。

平均身長はおそらく日本人と大差なく、親しみ易い感じがした。
(ただし、バルセロナはスペインの中でも色々な意味で異質(ユニーク)な都市なのだという。バルセロナのあるカタルーニャ州はその昔、独立国だった。そのため文化的に独自の路線を当時から保持しており、ここの人々は「スペイン人」というよりも「カタルーニャ人」という意識が強いのだと聞いた)

 

「サグラダ・ファミリア(聖家族教会)」

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まずは言わずと知れた、サグラダ・ファミリア

もともとはこの聖堂の外観を楽しみにして来たのだが、入ってみると内部の美しさに夢心地になった。

 

 

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ステンドグラスから透かし見る光が、幻影のよう。。
天からの木漏れ日。

 

 

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どこからか、パイプオルガンの音色が響いてくる。

 

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立体フラクタル!

 

 

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きれいな色。なんて書いてあるのかな。。

 

 

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まだ色が入っていないところも。建築現在進行形。
天井の相似形な眺めに、頭ゆらゆら。幻覚を見ているみたい。天国だし地獄だと思った。こんなものを三次元で作ってしまうなんて。どんな曼荼羅画家も叶わないよー。

 

聖堂内はきっとどの位置から見ても完璧で、どこに座った人もこの超越した境地をきちんと満喫できるように計算し尽くされているのだろう、と思った。

 

 

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外観はね、あの全体の造形。悪魔つきみたいだと思う。どろどろに溶けてる。なんでこうなるのだろう、と思う。
この世以外のところからのインスピレーションがあったとしか思えないシルエット。おどろおどろしくて禍々しくて、とてつもなく悪趣味で。でも抗えないような魅力があると思う。

 

 

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降誕のファサード
サグラダ・ファミリア主任彫刻家の外尾悦郎氏(1953年 -)が関わったところのながめ。

 

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「カサ・バトリョ」

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ガウディ建築で自分が一番かっこいいと思うのがこの「カサ・バトリョ

エレガント、かつ超ワイルド。なんて言ったって髑髏(しゃれこうべ)よ。
カラフルな外壁は、弟子のジュジョールによるもの。
(左隣も有名な建築物。プッチ作のカサ・アマトリェール)

滞在していたホテルから近くてびっくり。歩いて3分。
バルで食事した帰りにライトアップしたながめまで見れてよかった。

 

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夜の彼。
ますます怪しい。。
してその中身はこんなふう。

 

 

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どこが壁で、どこからが天井?入り口からすぐの階段室。
さあ、探検の始まりだ。
しっかりした背骨を持った生き物の中に潜入。

 

 

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扉の上のガラス。細胞ぶくぶく。どこを見ても柔らかな曲線。
軟体動物がイメージされる。

 

 

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天井にはドレープが。
胃のなか内視鏡でみるとこんなだよね。軽度のびらんが見られます。
シャンデリアがへそ的存在かな。すぽんと抜いたら間違いなく崩落だね。。(妄想は続く…)

 

 

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吹き抜けエリアは青の世界。まるで海の底にいるよう。
(天窓のすぐ下はコバルトブルーだが、下に行くに従って、青色、水色、パールグレー、白と色が変化していく。中庭から見上げた時に、下から上までほぼ同じ色に見えるようにと、考えられているという)

 

 

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細部まで素晴らしい。

 

 

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屋上に出た。空が青い。

 

 

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このウロコみたいなのが赤~グリーン~ブルーのグラデーションになっている。
かっこいいな!
ドラゴンの背中」と呼ばれているそうだ。

 

 

「カサ・ミラ」

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地元の人からは「ラ・ペドレラ」(石切場)と呼ばれたカサ・ミラ
予算オーバーが度重なり、工事期間中はガウディと施主との争いが絶えなかったという。
だるだるのシルエットが魅力的!

 

 

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中庭からの眺めは、すぱーん!
吹き抜けは、もう一カ所あります。

 

 

あちらに見えるのはサグラダファミリア。今日も工事やってる、やってる。

 

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「グエル公園」

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グエル公園は、ガウディのパトロンであるエウセビオ・グエルによる依頼で作られた。

当初の予定では、20ヘクタールもの広大な敷地に、60戸の分譲住宅をつくる予定であったが、実際に家を買って住んだのはグエルとガウディのふたりだけだった。(それ、泣けてきます…)
現在では、世界一有名な公園として、市民や観光客で賑わっている。

 

 

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正門近くの事務所。ザ・お菓子の家。

 

 

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モザイクタイル担当は、弟子のジュジョール。

 

 

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傾斜した地形をそのまま生かした回廊。
歩くと、ひんやりとして気持ちいい。
観光客が途切れた奇跡の瞬間をカシャ。

 

 

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なぜかこのフェンスに惹かれ、狂ったようにシャッターを切る自分。

別に見どころでも何でもないただの柵なので、みな素通りで見向きもしないが、この形状、普通じゃないですよね?!激しく宇宙を感じるんだ。

 

 

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グエル公園は高いところにあるので、バルセロナの街並がよく見渡せる
かすんで見えるのは、地中海

 

 

「カテドラル」

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ゴシック地区のカテドラル(サンタ・クレウ・イ・サンタ・エウラリア大聖堂)。精密な美。こういうのも大好き。夕陽が差して神々しい。
(ガウディ作ではないです)

 

 

好き好きバルセロナ!

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通りを歩くと、あちこちに建物の素敵なファサード。目移りしてしまい、大変です。
ん?あれは?!

 

 

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こ、これは!
日本髪!?
すごく不気味で面白い。グロテスクだなー

 

 

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夜はバルで一杯ひっかけたよ。
(カウンターで、隣の陽気な二人連れのおしゃべりに、耳を傾ける。
学生時代にスペイン語とっていたから、その内容はなんとなく…もわからない一語も…orz)

 

 

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目の前に並ぶタパス(小皿料理)を注文。
パンとチーズが美味しかったよ!

 

 

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サンジュゼップ市場
ぱちりと撮るだけで、雑貨屋さんの売れ筋ポスカの出来上がり!

 

 

あちらこちらに教会があった。自由に出入りできるところがほとんど。
クリスチャンでなくとも、穏やかな気持ちにさせてもらえます。
キャンドルはガラスかな?と思ったのだけど、さわってみたらプラスチックだった。教会の入り口で販売もしていました。きれいだなー。

 

バルセロナ、自分は超絶好きになりましたよ
いつかまたきっと来る!と心にかたく誓いました。

 

さて、アール・ヌーボー建築をテーマに、三回にわたり投稿してきた欧州レポートも、これでおしまい。
読んでいただき、ありがとうございました!

 

欧州レポート、ブリュッセル編とパリ編は以下になります。

アール・ヌーボーの建築 #1 ~ブリュッセル編
アール・ヌーボー(Art Nouveau 仏:新しい芸術)は、19世紀末~20世紀初頭、欧州を中心に広まった美術運動をさし、建築や工芸品、グラフィックなどにその様式がいかされた。
アール・ヌーボーの建築 #2 ~パリ編
オルタに出会う前のギマールは、中世建築(有機的ではなく、どちらかというと幾何学的)を専門とする建築家だったとのこと。その彼が、ベルギーを訪れてオルタに出会い、タッセル邸を見るや否や、アール・ヌーボー様式に心を奪われた。そして帰国後には、手がけていた最中の建築物に大幅な設計変更を加えてしまった!青年エクトール・ギマール28歳。きっと、ものすごい衝撃だったんだ。。

 

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