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マンダラデザインアートブログのsachiです。
久しぶりに二本立て上映(「あん」と「恋人たち」)なんぞを観たので、今日は映画について書こうと思います。
河瀬直美監督作品「あん」。
ドリアン助川の小説を映画化。出演は樹木希林、永瀬正敏ほか。
主題歌は秦基博「水彩の月」。
劇場公開されてから月日が経ち、素晴らしい映画評は沢山あるので、自分はここに印象に残った場面を記しておこうと思う。
物語はちょうど今頃の、桜の花咲く季節から始まる。
河瀬作品独特の映像美が本作においても際立っており、どのカットひとつをとってみてもそれ自体がすでに芸術作品たり得ている。すごい。
秀逸だったのは、樹木希林演じる徳江がどら焼きのあんを作るシーン。暗くちっぽけな厨房で彼女は、あずきの入った鍋をのぞき込んでいる。
その横顔の輪郭だけにカメラのピントは合い、それ以外はまろやかにぼけている。
彼女の立つガス台のかたわらにささやかなガラス戸があり、その向こう側には柔らかな春の日差しが広がっている。ほぼ逆光。
煮立った鍋の中で、ことことと動くあずきの艶やかさ。
立ち上る真っ白な湯気。
あくの浮いた煮汁の神秘的な反射光。
細江は、時にあずきに話しかけながら丹念にあんをこしらえる。
その控えめなたたずまいの中で、ときが静かに流れていく。
徳江はハンセン病を患っていた。
この国には、ハンセン病患者を強制収容、隔離してきた明治以来の政策がある。戦後、感染性が弱いことがわかっても、らい予防法による収容は続けられてきた。
心ない噂がたち、徳江が店をやめた後、千太郎(永瀬)らが訪れたハンセン病院中庭の竹林のカットが強く印象に残っている。
竹は風にあおられて、ざわざわと大きな音を響かせていた。嵐の前みたいな強い風。
だが、突然に一切の音声がぱたりと消える。そしてその状態が少しの間、続く。
大きくしなって揺れる竹。たくさんの葉が揺らぎ、その隙間から白い陽光がちらちらと透けて見える。無音の映像。
さっきよりも音が響いている。そう思った。
不思議なことだがそのとき、頭の中でざわざわという竹の音がもっとクリアに聞こえてきたのだ。
にぎやかな静謐。
伝わってきたのは圧倒的な生命力だった。
ひとの感覚はかくも豊かで、不確か。
河瀬監督作品には、わたしたちのそういう深い部分に触れてくる凛とした力強さがある。
この作品の中ではあらゆるいのちが輝き、世界は光に溢れていた。
そして、絶えず強い風が吹いていた。
叙情詩のような作品だったと思う。
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