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マンダラデザインアートブログのsachiです。
東京国立近代美術館で開催中の「あやしい絵」展を観てきました。
明治期、あらゆる分野において西洋から知識、技術などがもたらされるなか、美術も西洋からの刺激を受けて、新たな時代にふさわしいものへと変化していきました。
このような状況のもとで生み出されたさまざまな作品の中には、退廃的、妖艶、グロテスク、エロティックといった「単なる美しいもの」とは異なる表現がありました。これらは、美術界で賛否両論を巻き起こしつつ、激動する社会を生きる人々の欲望や不安を映し出したものとして、文学などを通して大衆にも広まっていきました。
本展では幕末から昭和初期に制作された絵画、版画、雑誌や書籍の挿図などからこうした表現を紹介します。
出典:https://www.momat.go.jp/am/exhibition/ayashii/
チケットとフライヤー、作品リスト。
前期後期と作品の入れ替えがあり、フライヤーの作品 上村松園《焔》は展示終了でした。
密を避けるため、平日正午くらいの時間を狙って行きました。まあまあの混雑ぶり。
入り口で手指の消毒をし、モニターで検温してからの入場です。
しばらく待たないと正面から作品を見れないタイミングもときおりある、程度の混雑具合でした。
Contents
1章 プロローグ 激動の時代を生き抜くためのパワーをもとめて(幕末~明治)
初めの展示エリアは、激動の時代・幕末から明治にかけて。
相次ぐ改革、一揆、地震、洪水、飢饉が続くなか、庶民が日々の不安を忘れようと好んでいた娯楽が、絵画や浮世絵、縁日の見世物細工だったという。
抑圧やストレス・不安を抱えているという点では、コロナの蔓延するわたし達の暮らす今とも時代背景として通じるところがある。
入ってすぐに展示されていたのはこちら。
安本亀八《白瀧姫》 1895年頃(明治28年頃)桐生歴史文化資料館蔵
おおお!!等身大。
えくぼのはっきりした美人さん。でも目がちょっと怖い。夜中に目が覚めて足元に立っていたらどうしよう。
展覧会の異様な幕開け(笑)。
絵を見にきたつもりが「生人形(いきにんぎょう)」とのご対面。
生人形は、リアルさを売りに、縁日の見世物興行で人気を博したのだそうだ。
(こちらは見世物に使用されたものではなく、群馬の日本織物株式会社が保管していたものだそう)
現代ならさしずめ、日本科学未来館で興味深くじっくりと見た、アンドロイド型ロボットみたいな感覚かなー? こちらもすごい人だかりだった。
日本科学未来館常設の成人女性の姿をした「オトナロイド」。遠隔操作型アンドロイドで、監修はアンドロイド開発で著名な大阪大学特別教授の石黒浩氏。
画像出典:https://fabcross.jp/news/2014/07/20140718_miraikan_android.html
2章 花開く個性とうずまく欲望のあらわれ(明治~大正)
藤島武二の《音楽六題》がとても可愛らしかった。
5センチ四方ほどの小さな水彩画なんだけど、ゴージャスなフレームに収められている。
ご婦人が音楽を奏でる、言ってみればささやかなひとときこそが黄金の時間であるかのような演出。全然あやしくないけど、好き。
《音楽六題》とあるけれど、前期は「鼓」「笛」「琵琶」が展示されていたようだ。
藤島武二 《婦人と朝顔》 明治37(1904)年 個人蔵
藤島の描く凛々しい女性像。美人で鼻っ柱が強そう。
こちらを見下ろすような目線は妖艶そのもの。こんな目で見つめられたら虜になっちゃう。
谷崎潤一郎『人魚の嘆き・魔術師』 (春陽堂、大正8年) 水島爾保布 口絵、扉絵、挿絵 大正8(1919)年 弥生美術館
白と黒の対比をいかした構図、流れるような曲線。
これらはオーブリー・ビンセント・ビアズリーの影響を受けたとされている。
橘小夢『刺青』 大正12(1923)年/昭和9(1934)年
腕の確かさで評判の高い刺青師・清吉は、かねてより美貌と美しい肌を持つ女性に刺ることを夢見てきた。そんな彼はある時、一人の美しい少女に出会う。見た目が美しいだけではない、男性を破滅に導く魔性を少女の中に見出した彼は、なんとしても彼女に刺青をほどこしたくなった。そこで彼女を薬で眠らせ、玉のような美しい肌に女郎蜘蛛を刺り込んだ。刺られる前は純真を装っていた少女だが、眠りから覚めるとともに彼女の魔性もまた花開いたのだった。
作品説明のボードより
谷崎潤一郎の「刺青」。
不勉強でこんなに残酷な作品だとは知らなかった。心がざわざわする。
美しい少女を薬で眠らせ、白い背中にあんなにデカい蜘蛛がしがみついているような刺青を彫っちゃう…。とんでもない犯罪じゃないか。
谷崎のことだからどうせそれをきっと男側にご都合よろしく耽美的にでも書いているのだろう。
未読だから全然わかんないけど。
こういう作品が人気だったということは、ゴシップ記事を読んで憂さ晴らしするような今の時代の大衆文化にも通じるところがあり、理解できる。
美術界で賛否あったとしても、文学などの後押しがあり大衆にも広まっていった、というのはこういうことなのでしょう。
強くこころ惹かれた甲斐庄楠音(かいのしょうただおと)
前評判や公式サイトを見て、是非この目で見たかったものが何点かある。
その一つがフライヤーやチケットなどにも使用されている甲斐庄楠音(かいのしょうただおと)のこの作品。
甲斐庄楠音 《横櫛》 大正5(1916)年頃 京都国立近代美術館
自分の幼い頃、「紫と黄色は狂気の組み合わせ」と耳にすることがあったが、まさしくその配色を身に纏ったこの女性。粋な色合わせ。お洒落。
お腹あたりには牙をむき爪を立てていている獅子?の姿。
下半身全体に赤々と燃え上がる炎。激しい。
白粉できれいに化粧した女性は不敵?な笑みを浮かべている。紅潮しているのか、目の周りが赤く染まっている。指先もほんのり桜色。
何を考えているのかまったくわからない。
怖い。美しい。妖しい。
一度見たら忘れられない絵。
この笑みについては後年、作家自身が「モナ・リザ」からの影響をほのめかしていたそうだ。
フェルメールの「リュートを調弦する女」を思い出した。
この人も美しくて、不気味。
画像を以下のサイトよりお借りしました。
出典:https://bijutsufan.com/baroque/pic-vermeer/1660-7/
次に、同じく甲斐庄楠音のこちらの一枚。
前期のみの展示なので、残念ながら見ることができなかった。
甲斐庄楠音 《幻覚(踊る女)》 大正9(1920)年頃 京都国立近代美術館
画像を以下のサイトよりお借りしました。
出典:https://sumally.com/p/770080
真紅のイメージのビジュアルが美しいが、完全に何かが狂っている。怖い。。
お着物をたくし上げ帯留めに引っ掛けて、太ももまで露わになっちゃって… 極彩色の襦袢をひらひらとさせながら踊る女。
目の周りは真っ赤。酔っ払っているにしてもほどがあるよな。。これは何かいけないものでも摂取したのでは?
そして壁に写っている影は誰のもの?
後ろ足の残像まで描かれていて、こんなにサイケデリックな日本画初めて見た。
それに本当に人間かな?… 手とか変なふうに見えるし、狐や狸が化けているのでは?
それともタイトルの示す通り甲斐庄が見た「幻覚」なのか?
が、しかしやっぱりセンスが良いのだ。緋色の衣にグリーンの帯がお洒落で、これはデザイン画としてお部屋に飾りたいかも。
この目で見たかったなー。
その場に立ち昇るような圧倒的な錯乱の気配をきっと感じられたことだろう。
2023.02追記:
なんと!現在、京都国立近代美術館にて以下開催中だそうです。
次の巡回は東京ステーションギャラリーにて
2023年7月1日(土)〜2023年8月27日(日)だとのこと。
絶対に行く!
↓
2023.08追記:行ってきました。観てきました。
は、この項の最後に。
甲斐庄楠音 《春宵(花びら)》 大正10(1921)年頃 京都国立近代美術館
こちらもすごい。
「花びら」と副題があるように、花見酒でも楽しんでいる場で、花弁が一枚ふわりと盃に舞い落ちたのに気づき微笑む女性、という世にも雅なシチュエーションなのだろうが、なんだろう、もう笑顔がとってもグロテスク。
リアルに近づくように描いているのだろうが、大変におどろおどろしいのだ。
いやもう今回の展示は、
とにかく甲斐庄楠音がすごかった!
という独断的総評になってしまいそう。。
甲斐庄楠音作品は、こちらの大作もありました。
甲斐庄楠音 《畜生塚》 大正4(1915)年頃 京都国立近代美術館
梶原緋佐子 《古着市》 大正9(1920)年 京都市美術館
このおばさんも生々しさがよかった。
作者・梶原緋佐子は絵の師匠から、きれいに着飾った女がニュッと立っているなんてそんなもの何にもならない。ほんまに切ったら血が出るようなそういう女を描け、と言われて絵の道に進んだという。
2023.08追記:
行ってきました。観てきました。甲斐荘楠音展です。
「あやしさを超えて、誰も見たことのない甲斐荘楠音の全貌にせまる」をテーマに甲斐荘楠音の作品群を展示。
甲斐荘楠音(1894-1978/かいのしょうただおと)は、大正期から昭和初期にかけて日本画家として活動し、革新的な日本画表現を世に問うた「国画創作協会」の一員として意欲的な作品を次々と発表しました。しかし、戦前の画壇で高い評価を受けるも1940年頃に画業を中断し映画業界に転身。長らくその仕事の全貌が顧みられることはありませんでした。本展は1997年以降26年ぶり、東京の美術館では初となる本格的な甲斐荘の回顧展です。
そして「幻覚」はやはりわたしの中ではダントツでした。
何度も展示場所に戻り見に行きました。見れば見るほど謎が深まります。
あれはやはりキツネが化けているのだと思ったよ!
甲斐荘楠音作品は、大正初期に描かれたものが艶美で陰鬱で幻惑的で、総じて良いと思いました。
個人的には、後期の作品群には惹かれませんでした。
1940年頃に画業を中断し映画業界に転身した甲斐荘ですが、パトロンであった熊沢五六氏の言葉が大正初期作品の横のボードに展示されていました。
「君の30年の絵のブランクは取り返しがつかないではないか」と円熟を見なかった楠音の画業を惜しんだ。
楠音は「日本人にそんなどじょう骨の通ったモノがいますかいな」と苦笑していなす。
(撮影禁止で観ながら記録したので正確でなかったらごめんなさい)
どじょうがちょっとわからないのですが笑、熊沢氏のお気持ちわかります。。
晩年まで制作が続いた「虹のかけ橋」はすごかった。
大正4年から昭和51年まで、約60年描き直し続けた未完の大作。
出典:https://www.artagenda.jp/exhibition/detail/7926
ところでこの展示に関連した感想で、「デロリ」というワードを使われている方々がいて、「デロリって何?」と疑問に思っていたのですが……岸田劉生の造語だったのですね!
勉強になりました。
「デロリ」とは、もともと、岸田劉生が初期肉筆浮世絵を評して生みだした造語である。 劉生は、市井の風俗を描いた浮世絵に特有の、生々しいしつこさや、独特の濃い表現に「デロリ」という言葉をあて、それを高く評価した。
出典:https://artscape.jp/museum/nmp/artscape/recom/9910/fukushima/kido.html
3章 エピローグ 社会は変われども、人の心は変わらず(大正末~昭和)
荻島安二 《マッチラベル》《絵葉書》 (左、中央) 山名文夫 《『カフェ・バア・喫茶店廣告圖案集』》 (右)
すべてにおいて見応えがありました!
「あやしい絵」展 作品一覧はこちらです。
https://ayashiie2021.jp/img/pdf/list_tokyo.pdf
美しい図録とグッズ、公式サイトであやしさマックス!
図録は美しく、丁寧な作り。グッズ通販でも買えるとのことだった。
公式図録は、表紙に水島爾保布(みずしま・におう)の描いた「人魚の嘆き」を配し、装丁にもこだわっています。180度しっかり開くコデックス装で製本しており、「あやしい絵展」の世界を手元でたっぷり堪能できます。
それにしてもミュージアムショップのグッズの種類が多いのにはびっくり。
ミュシャなんてほとんど展示されてなかったのに、ミュシャグッズの多さにもたまげました。
(そして大人気!売り切れのものも!)
そして自分が強調したいのは、なんといっても公式ページの「作品紹介ページ」の素晴らしさ!
是非見てほしい。スマホでもPCでもどちらでもOK、あやしいボタンを押してみて!
↑↑↑
普通の作品紹介ページ。あやしいボタンをONにすると。。
ぎゃー!夢か幻覚か?!
作品があったところには、絵から連想される明朝体の漢字が並び、クリックすると拡大された作品画像が現れる仕組み。
スマホなら指先であちこちぐりぐりしてみてね!
光か煙か液体か、何者かがもわもわと妖しく動き回るよ!
こういうギミック大好きだーー!
見応え充分!
東京の後は大阪歴史博物館に巡回予定です(7/3~8/15)。
- 会場:東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー(2021.4.25より臨時休館)
会期:2021年3月23日(火)~5月16日(日)
開場時間:9:30-17:00(金・土曜は9:30-20:00)
観覧料金:一般 1,800円
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