【残像日録】高橋さんとチャック

高橋さんとチャック残像日録
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日々の残像を、ゆるゆるメモします。

 

近所の団地の前を歩いていたら、小学生のころのことを思い出した。

 

当時自分は、T市にある都営団地に住んでいた。
敷地内にあるスーパーの雰囲気や、夕方まで遊んだのち母からお金をもらい、買って食べる肉屋の揚げたてコロッケの美味しさなどを思い出すなか、その記憶の中心に燦然と輝くのは、高橋さんの面影だ。

高橋さんは自分が通っていた小学校の用務員さん(今でいう主事さん)。
背は低く、ぎょろりとした目をしていて、頭にいつもねじり鉢巻きのようにタオルを巻いて、もくもくと働いていた。
子ども達は彼のことを密かに「たこちゅう」と呼んでいた。口数が少なく、子ども達には少し恐れられていたと思う。自分もちょっと怖いなと思っていた。

 

小3の、ある夏休みの日のこと。
4歳下の妹が入院中で母はその付き添いで家におらず、留守番中の出来事だった。

自分はカゴの中で飼っていた大好きなシマリスと、その日も家にいた。
彼の名はチャック。
チャックがいれば、留守番も少しも辛くない。チャックが可愛くてしかたがなかった。
そんな彼と遊んでいたある瞬間、事件は起きた。
自分のちょっとしたちょっかいが原因で、回し車に乗っていた彼のしっぽが、その金具に巻きついてしまったのだ。

自分はびっくりし、あわててリスの胴のあたりを掴み、しっぽを外そうとした。チャックはききーーっ!と言って、こちらの指を思い切り噛んだ。そして、痛かったのだろう、回し車から飛び降りた。
その拍子に彼の尻尾はちぎれ、ふさふさの毛を回し車に残したまま、赤むけの芯になってしまった。そしてばたばたとカゴの中を走り回っている。
自分はチャックに噛まれた指先から血を流しながら、「どうしようどうしよう」と泣きながらあわてふためいた。ごめんなさいチャック。チャックを何とかしてあげないと。家には誰もいない。救急車の呼び方はわかるけど、チャックはリスだし。どうしよう。

その時、頭に浮かんだのが高橋さんの顔だった。
夏休みで先生方はいなくても、高橋さんならあの用務員室にきっといてくれるはず。高橋さんに相談してみよう!
次の瞬間、靴を履きチャックの大きなカゴを抱え、通学路を走っていた。

高橋さんは、はたして、いた。
用務員室の前で、何かを修繕していた。
開口一番「だいじょうぶだよ」と言ってくれた。

ほっとし過ぎて、その後のことは正直はっきりとは覚えていない。麦茶を出してくれた。まずは泣きじゃくる自分を落ち着かせようとしてくれたのだと思う。
それから、チャックの尻尾になにか軟膏を塗ってくれた…。
幸いチャックの怪我は、じきに良くなり長生きもしてくれた。

 

チャックには本当に悪いことしたな。馬鹿な子どもだった。
そして高橋さん。
寡黙で子ども達に愛想を振りまくようなことは一切しなかったけど、思いやりのある優しい人だったなあ、と大人になった自分は思うのだった。

夏休みのこの季節になると思い出すできごと。

すべては通り過ぎてゆく。

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