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2026年8月、東京国立近代美術館の「杉本博司 絶滅写真」を観てきました。
1970年代後半の初期作から近作まで、銀塩写真約60点。写真作品で構成する美術館個展としては、国内では2005年の森美術館以来だそうです。
本展は、私的利用に限り全作品が撮影可能。ゆっくり見てゆっくり撮って、気づけば3時間近く館内にいました。午前中に入ったからか、それほど混雑もありませんでした。

竹橋の東京国立近代美術館、1階企画展ギャラリー入口。
Contents
「絶滅写真」とは
杉本博司(1948-)は、建築、舞台演出、書、陶芸、和歌、料理まで手がける現代美術作家ですが、その原点は銀塩写真*にあります。フィルムと印画紙、暗室での作業。写真がデジタルに置き換わった今、その技法自体が「絶滅が危惧される」ものになりました。展覧会のタイトルは、そこから来ています。
確たるコンセプトに基づく、独自の表現による作品はまた、銀塩写真の技術としても頂点を極めるものであり、写真がデジタルに置き換わった今、その技法は今やまさに「絶滅が危惧される」ものと言えます。
出典:https://www.momat.go.jp/exhibitions/569
*銀塩写真•••ゼラチンシルバープリント。ゼラチンと感光性の銀塩を混ぜた液を紙に塗り、光を当てて像を浮び上がらせるプリント手法。白黒写真の豊かな諧調が表現できる。
全作品が撮影可。〈海景〉は動画も撮れる
本展は3つの章に分かれ、全13シリーズから成ります。
ゆるやかな時系列で、杉本の作品世界がどう始まり、どう広がっていったのかを追う構成です。
〈ジオラマ〉〈スタイアライズド・スカルプチャー〉には初公開の新作もありました。
そして、すべての作品は写真撮影可能(私的利用に限る)。
さらに〈海景〉シリーズのエリアだけは、動画の撮影も可能でした。
銀塩写真の展示を、スマートフォンのデジタル画像で持ち帰る。展覧会の主題を思うと、なかなか含蓄のある許可のされ方ですね。。
(注意)音が出ます
1章「時間・光・記憶」——ここがいちばん見応えがあった
1章は〈ジオラマ〉〈劇場〉〈華厳滝〉〈海景〉。
1970年代半ばから80年代に発表され、その後もライフワークとして続いてきたシリーズ。
1970年に渡米した杉本は、ロサンゼルスの美術学校で写真技術を学び、1974年にニューヨークへ移り住む。商業写真の仕事に就きながら現代美術の世界に目を向けていた頃の言葉が、章の解説パネルに引かれていました。
写真はアートではないと思われている。よしんばアートだとしてもアート界の二流市民だ。この二流市民を一流市民にしてみせよう。こうして私は写真を媒体として写真を裏切り、現代美術作家として世に出ることを決意した
ー 会場1章の解説パネルより(杉本博司『影老日記』新潮社、2022年、55頁)
アメリカという異国の地での彼のこの心意気、とても感動しました。
写真がアートであることを今のわたし達は疑いませんが、1970年代のニューヨーク美術界では、コンセプチュアル・アートやミニマル・アートなどが主役。機械の眼としてのカメラは二流とされていたそうです。
しかも杉本は、憤ってみせるのではなく、次々と試みを重ねて自分の表現でその場所をこじ開けていきます。「決意した」という一行の後ろに、半世紀分の作品が並んでいる。それを同じ会場で見られるのが本展の贅沢さでした。
そしてこの1章が、自分にはいちばん見応えがありました。完成度が高く、そして数が多い!
アートは質だけでなく量でもあり、そして「シリーズ」であることの強さというものがあるのだと思わされました。
〈ジオラマ〉シリーズ
博物館のジオラマの作り物の動物が一瞬本物に見えた、という若き日の杉本の経験から〈ジオラマ〉が生まれたということも、パネルで初めて知りました。「真実を写す」とされてきた写真で、逆に虚像を実像として提示する——こういうコンセプトのもとに作家活動をスタートしました。
入ってすぐのところの初期の作品。
アビシニアコロブス 1980 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4 × 185.4 cm
博物館のジオラマ、、確かに言われなければわからない。

すべての写真作品には、杉本博司本人による解説文があり、「素通卿」名義でこれまた本人の遊び心あふれる狂歌が一首ついている。
ホモ・エレクトス 2025 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4 × 185.4 cm

こちらは2025年作品だ。
上の「アビシニアコロブス」は1980年。その45年後の作品。同じフォーマットで半世紀続けるということ。本当にすごい。。
〈劇場〉シリーズと〈廃墟劇場〉
〈劇場〉シリーズは、映画館の暗闇で、上映時間のあいだシャッターを開け続けて撮られた写真です。一本の映画が真っ白なスクリーンとして写り、劇場の装飾だけが浮かび上がる。その冒頭に置かれたボードが、わたしはとても好きでした。
人生は一幕物の喜劇だ。そんな人生の喜怒哀楽を掠め取って映像芝居にしたのが映画だ。
1秒に24枚の静止写真を見せられると動いて見えるという仕掛けだ。虚像を見続けると嘘が真になる。あなたが見えていると思える世界も一度疑ってみてはどうだろう。私もそう思って映画を写真に撮ってみた。そうしたら嘘も真も、真っ白に、白々しく、白けてしまった。喜怒哀楽いろんな話おもしろし 醒めては果てん夢のまた夢
ー 会場〈劇場〉の作品解説より(狂歌:素通卿)
こういうフォーマットの意義づけを「物語」として添えることが、杉本博司はとても巧いなと思う。それはむしろ後付けであってもよいと思うのです。「物語」があることで、作品の意義がぐっと深くなるから。それはまた、鑑賞する側の寄る辺、ナビゲーターの役割にもなり得ます。
シネラマ・ドーム、ハリウッド 1993 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4 × 149.2 cm
ガルニエ宮、パリ 2019 ゼラチン・シルバー・プリント 149.2 × 119.4 cm
真っ白なスクリーンと、装飾だけが残る客席。
〈劇場〉は、目にも美しく意匠としても素晴らしい(シンメトリー大好き)。かつ深いコンセプトもある。完璧です。
同じ系列に〈廃墟劇場〉がありました。廃墟となったアメリカ中西部ラストベルト地帯の映画館に映写機を持ち込み、無人の客席に向けてディズニーの初期名作『白雪姫』を投影して撮ったもの。少し廃れた額縁も作品の一部でした。
パレス・シアター、ゲーリー 2015 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4 × 149.2 cm
この作品解説の狂歌はこう。
白雪や姫の舞い降る御殿跡 諸行無常の花や散るらん
ー 会場《パレス・シアター、ゲーリー》(2015年)の作品解説より(狂歌:素通卿)
《パレス・シアター、ゲーリー》の解説は、「絶滅の兆しはすでに世界中に散見される」という一文で終わります。
〈海景〉シリーズ
カリブ海、ジャマイカ 1980 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4 × 149.2 cm
スペリオル湖、カスケード川 1995 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4 × 149.2 cm
相模湾、江之浦 2025 ゼラチン・シルバー・プリント 119.4 × 149.2 cm

こちら2025年の作品。一番上のカリブ海は1980年作なので、シリーズを始めてから半世紀前が経った。。
2章「観念の形」/3章「絶滅写真」
2章「観念の形」は、人間の知性や想像力がつくりだしたさまざまな「かたち」が主題です。
数学模型を撮った〈観念の形〉、〈スタイアライズド・スカルプチャー〉、〈建築〉といった90年代末からのシリーズで、作品世界が拡張・深化していく過程が示されます。
クライスラービル 1997 ゼラチン・シルバー・プリント 149.2 × 119.4 cm
スタイアライズド・スカルプチャー008 [イブ・サンローラン 1965年 秋– 冬] 2007 ゼラチン・シルバー・プリント 149.2 × 119.4 cm 個人蔵

3章「絶滅写真」は、銀塩写真というメディアの始原にさかのぼるところから。
〈前写真、時間記録装置〉〈フォトジェニック・ドローイング〉〈肖像〉〈放電場〉〈陰翳礼讃〉、そして近作〈Opticks〉まで6シリーズ。
〈肖像〉
「剥製の白熊が生きているように撮れるのなら、蠟人形も生きているように撮れるだろう」ということから、ロンドンのマダム・タッソー蠟人形館で撮影された〈肖像〉シリーズ。
こちらはヴィクトリア女王とダイアナさん。
〈放電場〉
暗室の静電気による放電がフィルムを傷める現象を、杉本は「魔物」と呼んだ。
帯電防止装置から「神棚」まで対策を尽くしても勝てず、「ならば敵を味方にしよう」と、人工的に起こした放電の光跡をとらえたのがこのシリーズ。すごい!
〈Opticks〉
モノクロームが続いたあとの〈Opticks〉の色は、思っていたより強く目に刺激的でした。
色ってそれだけで力がある。
東京の自宅の窓から差しこむ陽光をプリズムで分光し、白い漆喰の壁に浮かび上がる色の海に対峙することから生まれた このシリーズについて、杉本は「光を絵の具として使った新しい絵(ペインティング)を描くことができたように思える」と記している。
ー本展 解説リーフレットより
特別出品
特別出品 伝寂蓮法師筆 地獄草紙詞書断簡 平安時代
描き表装:杉本博司(2026) 103.0×52.0 cm(表具外寸)
特別出品 光学硝子五輪塔 335 ノルウェー海、ベステローデン諸島 2011/1990 光学ガラス、白黒フィルム(Neg# 335) w 7.6×h15.5×d7.6 cm
美しく凄みがあるこの世界観。
時空を超えた作品たちを(古物商の目利き)杉本自身が敬意を抱きながらセレクト、(美術家のセンスで)コーディネイトしている。
きっと彼自身がもっとも楽しんでいると思う。
江之浦測候所はこういった試みにあふれる杉本博司の理想郷。ほんとうに羨ましいです笑
↓
作品解説と狂歌が、全点についている
本展の特徴として改めて書き留めておきたいのが、すべての写真作品に杉本博司本人による解説文があり、その最後に狂歌が一首ついていること。作者名は「素通卿」——杉本の狂号です。
撮りっぱなしにせず、撮った作品をきちんと愛でている感じがしました。作品にひとつずつテキスト(物語)が添えられていることが、この作家の強さなのだと思います。
私事ですが、作品づくりで常にフォーマットを求めてきた自分にとっては、これこそが理想の形。写真を撮って言葉を添えて一句でしめる。このかたちに収まっていれば、主題がどこへ広がっても作品世界は崩れません。
2017年のこちらの展示でも杉本博司は作品の見せ方そのものを提示してくれました。↓
3階のスギモトノートと、作品大きさのこと
1階の企画展のサテライト展示として、所蔵品ギャラリー3階に当館所蔵の杉本作品13点と、制作の過程を記録した「スギモトノート」が展示されていました。
撮影時と暗室作業の覚書で、記録は1970年代半ばから始まっているそうです。
〈劇場〉と〈海景〉はどちらもコンセプチュアルな作品ですが、ノートを見ると、暗室で試行錯誤を重ねながらプリントとしての質を究めようとしていたことがうかがえます。企画展のチケットでそのまま入れます。
コンセプトの人であり、同時に暗室の人でもあった。
すぐ横に〈劇場〉〈海景〉の小さいサイズのプリントがありました。
それにしても、同じ作品なのに、迫力がまるで違う。。
家のモニターで映画を見るのと、劇場で見るのが違うのと同じことなのだと思います。

作品の大きさは、見る者の感動と比例する。そう言えるのかもしれません。
1階のあの大きさで見せると決めているところまで含めて、杉本博司はフレーミングに秀でた作家なのだと思います。
図録とポストカード
図録は『杉本博司 絶滅写真』(日本経済新聞社)。A4変形・212ページ、日英バイリンガルで4,400円(税込)。本人による「「盲いるような」眩しさの記憶―初期三部作について」も収録されています。シリーズ解説がまとまっているので、会場で読みきれなかった作品解説を家で追いかけるのに向いています。
なお、館内のミュージアムショップとは別に、企画展の入り口のところでもカタログやポストカードなどが販売されていました。

図録(楽天ブックスの画像をお借りしました)
おわりに
「絶滅」という終末感漂うタイトルの展覧会なのに、頭に残ったのは終わりの感じではなく、始めた人の意志のほうでした。
写真はアートの二流市民だと言われていた時代に、写真で写真を裏切ってみせると決めた人が、半世紀分の作品でそれを証明している、その物語が頭に鳴り響いていました。
思いの冷めやらぬ気持ちで、竹橋から神田錦町の竹尾見本帖本店へ徒歩で(10分)。
本展の関連企画「IMPRINTED ―杉本博司 ポスター展」で、1980年以降のポスターがまとめて展示されています(2026年9月11日まで、土日祝休)。紙と印刷で見る杉本作品、というもう一つの角度です。

MEMO|展覧会情報
会期:2026年6月16日(火)〜 9月13日(日)
会場・住所:東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー/東京都千代田区北の丸公園3-1
開館時間:10:00〜17:00(金・土曜は10:00〜20:00)※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日(7月20日は開館)、7月21日(火)
観覧料:一般 2,300円/大学生 1,200円/高校生 700円(中学生以下無料)※当日券のみ・館内窓口で販売。入館当日に限り所蔵作品展「MOMATコレクション」も観覧可
アクセス:東京メトロ東西線「竹橋」駅1b出口より徒歩3分
写真撮影:私的利用に限り全作品撮影可。〈海景〉シリーズのエリアのみ動画撮影も可
図録・グッズ:図録『杉本博司 絶滅写真』(日本経済新聞社)A4変形212頁・日英・4,400円(税込)/企画展入口でもカタログ・ポストカードを販売
主催ほか:主催:東京国立近代美術館、日本経済新聞社/特別協賛:DIOR/特別協力:公益財団法人小田原文化財団、ギャラリー小柳/サテライト展示:所蔵品ギャラリー3階(所蔵杉本作品13点+スギモトノート)
公式サイト:momat.go.jp/展覧会公式サイト

























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