アートと不幸の関係とは?「ソフィ カル ─ 限局性激痛」展 @ 原美術館

ソフィカル展アート
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「ソフィ カル ─ 限局性激痛(原美術館コレクション)」を見るために、原美術館に行きました。

この展示は1999年、同館にて展示されたものをフルスケールで再現したのだとのこと。
水曜日は20:00まで開館しており、暗くなってから行ったが、会期終了間近だったこともあり、館内は大混雑だった。

 

「限局性激痛」とは、医学用語で身体の狭い範囲を襲う鋭い痛みや苦しみを意味する。
「人生最大の苦しみ」である自身の失恋体験をそう表現し、その痛みと治癒のプロセスを、写真と文章で作品化したのが本展示。

 

激痛までのカウントダウン

この世に生きていて、悲しいとか苦しいという感情を経験したことのない人はいない。
だからこの展示はきっと、誰のこころにも響く。
自身の不幸と重ね合わせて観たひとも多かっただろう。
始終頭に浮かんでいたのは、文学のジャンルの「私小説」という言葉だった。
写真作品の展示で、個人的体験を時の流れに沿ってつまり時系列に並べていくものは初めて見た。

 

第一部は彼女が過ごした留学先・日本での92日間の記録。恋人との破局を迎えるまでの日々がカウントダウン形式で絵日記のように並べられている。

写真、手紙、観光先でもらったメモ、彼女の手による写経など、その日の手がかりになるあらゆるものに、「〜days to unhappiness」 (不幸まであと〜日) というスタンプが押されて、フレームに収められている。

 

Sophie Calle Exquisite Pain 1984-2003 ©Sophie Calle / ADAGP, Paris 2018 and JASPAR, Tokyo, 2018
出展: 美術手帖
https://bijutsutecho.com/magazine/news/exhibition/18881

 

激痛からのカウントアップ

第二部は、カウントアップ形式

「〜日前、愛している男に捨てられた」という記述から始まる自身の失恋を語る文章と、それを他人に語るかわりにその相手から聞いた不幸の内容。それらが交互に並べられていく。

失恋したばかりの頃は、カルの恨み節とも言える文章が濃密で生々しく、観る者に重くのしかかってくる。

だが、時が経つにつれ、その表現の質(密度)も薄まり、量(テキストの行数)も目に見えて減っていく。

だんだんと失恋したという事実への執着心が薄れていくようすが、ビジュアライズ=目に見える形で提示されている。面白かった。

 

ほかの人々の話を聞いて私の苦しみが相対化されるか、自分の話をさんざん人に話して聞かせた結果、もう語り尽くしたと感じるにいたる時まで、わたしはこのやりとりを続けることにした。この方法は根治させる力を持っていた。三ヶ月後、私はもう苦しまなくなっていたのだ。

〜「ソフィーカル 限局性激痛(1999年)」の本人の説明より抜粋

 

ふうん、と思った。
要は人に話すことによって、自分の不幸を客観化する、そして人の不幸(悲惨な話が多々あった)を聞き取り、自分のエピソードと並べ、時には自分の方がマシなのではないか、などと思ったりしながら癒されていく(+ 時の経つことの効果)という流れの展示にも見えた。

もちろん普通の人は自分を不幸だと感じた時に無意識にそういうことをやっているのかもしれないけど、でも、それをこういう展示にして、アートとして提示することのちょっとした違和感も感じた。

 

「ソフィ カル 限局性激痛」原美術館コレクションより 展示風景 ©Sophie Calle / ADAGP Paris and JASPAR Tokyo, 2018 Photo by Keizo Kioku
出展: 美術手帖
https://bijutsutecho.com/magazine/news/exhibition/19233

 


「ソフィ カル―限局性激痛」 1999-2000 原美術館での展示風景
出展: 美術手帖
https://bijutsutecho.com/magazine/news/exhibition/18881

 

ソフィ カルと不幸の妙味

そのように、なんとなーく居心地の悪い思いをしながら観ていた自分なのだが、他人の不幸サイドのひとつのテキストを読んだ時、カルの自分の「苦しみ」に対する思いや、それをアートに昇華させたことの姿勢が理解できたような気がした。
この展示の芸術作品としての存在意義が腑に落ちた、とも言えるかも。

 

そこにはこう書かれてあった。

 

ー もし僕が不幸を本当に体験したのなら誰にも分けてあげるつもりはない。そこからストーリーを作り出すと誇張することになってしまう。世界が現実のものとなるため、存在するというもっと鋭い感覚を得るため、僕はもっと不幸になりたい。 いつかはもっと強く、もっと深く苦しみたいと思う。僕はまだ自分の物語に出会っていないのだ。 ー

(写真撮影は禁じられていたのでメモしたのだが、正確ではないかも)

この不幸に関する記述は、廊下の一番目立つ壁に展示されていた。

これは、カル自身の思いなのだろう、と思った。

彼女が失恋で傷つかなかったとは思わないけど、そこはやはり芸術家。
これをどうやって料理して作品化してやろうか、とわりと直後から考えていたのでは。

 

彼女の他の作品も見てみたいと思いました。

 

「ソフィ カル ─ 限局性激痛 原美術館コレクションより」(原美術館)
会期: 2019年1月5日〜3月28日
開館時間: 11:00〜17:00(水〜20:00)※入館は閉館の30分前まで

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