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『余命一年、男をかう』吉川トリコ著を読みました。
『余命一年、男をかう』吉川トリコ
主人公の40歳独身事務職・片倉唯が、ピンク色の髪をしたホスト・瀬名吉高に出会う物語。
以下感想は、ネタバレになっています。
死ぬことよりも生き続けることの方が怖いということ
非常に読みやすかった。
情景描写がくっきりと鮮やか。
流行りのドラマを見ているみたいにすいすい読み進んでしまった。
景気の悪いこの国の社会の状況やコロナ禍も反映されており、市井の人々の今の生活の記録としても読める印象。
例えば、仔細にわたって描かれる主人公・唯の倹約術や資産運用に関する知識。
無駄遣いは一切せず、ポイントなどを利用して出費を抑える涙ぐましい努力(もっとも唯は努力とは感じていないようす)。
「老後2,000万円問題」が記憶に新しいが、唯の節約も老後資金を意識したもの。
いまの人たちがどのような工夫をして、決して多くはない賃金でやりくりしているか……(唯のケースはちょっと極端だけど)後世に伝えるべき風俗史になっているとも感じた。
そして唯は、死ぬことよりも生き続けなければならない方が怖い、と考えてきた。
これは、閉塞感に満ちたいまの時代を生きる人ならば多少なりとも理解できる感覚なのではないか。
ただ生きているだけで、金がかかる。
「長生きリスク」(定年後の家計費を考える際、長生きすればするほど生活費が足りないリスクが高くなる)という言葉もあるくらいだ。
その唯が、思いもよらず子宮頚がんのステージ4という診断を受ける。
唯はそれでも治療はしないと決める。
その病院の待合室で、偶然に瀬名と出会ったのだった。
人情味のあるホスト瀬名をはじめ登場人物が魅力的
唯の度を過ぎた倹約精神とちょっとひねくれた感覚と、見た目も行動も発言もチャラく見える瀬名の、人間味のある常識的な部分がぶつかり合うシーンが何度もあって、それが面白かった。
中盤、唯がこのように極度に頑な性格になった原因は、持って生まれた性格もあるが家族関係が影響しているのだろう、と思わせる。
幼い頃の優しかった母との死別、仕事はできるが家庭にはドライな父、「水商売上がりの」若い継母。
一方、瀬名が色々問題はあれど温かな家庭で育っており、家族のことを常に思っている設定も、瀬名のキャラクター作りとして真実味があった。
脇を固める登場人物も魅力的。
同僚の丸山さん、瀬名の妹の那智。
生き生きとしていて、はいはい、こういう人って誰の近くにもひとりはいるよね、と思わせる。
また、小ネタというか物語の筋に関係のないエピソードも非常に味わい深い。
例えば、唯と不倫関係にあった生山課長の人間描写、しっかり者の奥さんとの関係性(唯の想像の範疇ではあるが)。
瀬名の職場の寮に住む、後輩の霧矢がおせちを知らないで育ったと聞き、瀬名が教えてあげるシーンにはほろりとさせられた。調理師免許を持つ瀬名の手料理は、読んでいるだけで美味しそう。
世間の、ホストという職業への偏見を吹き飛ばすような描写が多々あり、それがとてもリアルで、作者はその辺りは意識して行っているんだろうなと思ったりもした。
おそらく、瀬名のモデルもいるのでは?
唯自身も予想だにしなかっただろう正統派クライマックス
エピローグ直前の、唯が救急車で運ばれるシーン。
頑固な唯が幼い頃から何十年も閉じ続けた心を、瀬名が愛情で開く瞬間だ。
えーんと声を上げて泣き出した唯の肩に顔を押しつけて、目尻に滲んだ涙をどさくさまぎれに拭った。どこからが自分でどこからが相手なのかわからなくなるぐらいぴったりとお互いにしがみついて、俺たちは救急車のサイレンが近づいてくるのを待っていた。
物語は1と2、エピローグに分かれていて、1は唯の語り、2は瀬名目線での語りになるので瀬名の気持ちの描写はある。
けれども、唯に何らかの感動的なセリフを言わせてもよさそうなところで作者は彼女に何も語らせない。
どこを読んでも「饒舌」な小説だが、このシーンだけは抑えた描写。
泣けました。
エピローグはふつうの平和なエンディングだった。
そこまでの話の展開が超濃密だったから、グラウンディングにちょうどよい薄味な感じで終わる。
映画だったら、すぐにエンドロールが流れてくる雰囲気。
『余命一年、男をかう』吉川トリコ。
読んでよかったと思う作品でした。
間違いなく映画化されるんだろうなー。ドラマ化はされてるのかな?
いま調べたらコミックにはなっているのですね。(余命一年、男をかう(1)(KCKISS)志真 てら子 ,吉川トリコ)
さもありなん。
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