2020年本屋大賞 大賞受賞作「流浪の月」凪良ゆう著 感想

文学
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「流浪の月」凪良ゆう著を読み終えました。

ネタバレにもなりますが、簡単なあらすじと感想を書きたいと思います。


 

「流浪の月」に描かれる、生きることの厳しさや寂しさ

現代的な出来事や事件を扱いながらも、テーマは極めて普遍的。
すなわち人ひとりが立って、生きていくということの厳しさや寂しさ。そして清々しさ。

主人公の更紗は、幼いころ両親と別れてしまった経験から、それに常に自覚的である。
事実としては幼くして母親から捨てられているのだけれど、彼女はそれを恨むことはしない。幼いながらも母親の生き方に理解を示し、ひとりの人間として共感してきたということか。もちろん表現されていないというだけで、その傷は深いのだろうが。

 

わたしは目を閉じて、男が待つ深緑色の車に乗り込むお母さんを思い出した。ベランダから手を振るわたしにお母さんは一度も振り返らなかった。憎まれてもいいという決意。あれは見事な去り際だった。

成人した更紗は母親をこう述懐している。

 

「事実と真実は違う」ということ

母親失踪後、叔母の家に預けられ酷い目に合っていた9歳の頃、更紗は大学生の文と出会った。

そして家に住まわせてもらって救われた。これが真実。
しかし世の中的には誘拐事件として処理される。これが事実。

物語の中では「事実と真実は違う」という言い方が何度かされる。

文は逮捕され医療少年院へ、叔母の家に戻った更紗は夜中に部屋に忍び込んできた従兄弟に酒瓶を振り下ろし児童養護施設行きになる。
そして十数年後に文と更紗は再会するー

 

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感想:描かれる人間の造型描写の深さ

読後感。
面白かった。ストーリーに引き込まれた。
物語がディテールまで丁寧に描かれていて、映像が目に浮かぶようだった。

警察沙汰のようなことが何度も起こるが、展開も自然で、描かれる人間の造型描写も深い。

それぞれの人間について、あの過去ゆえにこうなってしまうんだろうなとか、ああいう生い立ちがあるからこう振る舞うんだろうなとか、いちいち納得できる。
ネットの存在がこの事件やふたりの関係性を複雑にし、かつ物語をスリリングにしている、という事実はとても現代的だ
預かった友人の娘・梨花が発熱し、文に彼女を託そうとした時、監視アプリを使おうという彼の提案を更紗が断った場面は感動的だった。

 

世間が知っているつもりになっている文と、わたしが知っている文とは違う。文は相手が嫌がることを無理強いする人じゃない。わたしは、それを、真実として知ってるの。

 

世界で自分を理解してくれているのはこの人だけなんだ、と文は思ったことだろう。
これまで大変な人生だったが、この瞬間「救われた」と感じたことだろう。

さらに、梨花がふたりの事件を知るに至り、文と更紗を思って悔し泣きするシーンもとてもよかった。
文は抱き合うふたりを見て苦しさが放たれていくような気持ちになり、
ー これ以上、なにを望むことがある?
と感じ入る。

更紗と梨花の両者は写し鏡のようだった。とてもよく似ている。
辛さを抱えた更紗と文を結ぶもの。恋愛感情ではない。人間愛とか同志愛と呼んだらいいのだろうか。

傷だらけ、血だらけになっても自分の信条は守り通す、それがひとつの美学であるということを更紗の生き方は示していた。

文の病名が具体的に最後まで示されていないことが、この物語に神秘性を添えていたように思う。
おすすめです。



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