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マンダラデザインアートブログのsachiです。
その1 ↓ に引き続き、高木正勝氏のことを書こうと思います。
高木正勝氏の「Girls」は本当に美しく清らかな名曲です。
↓↓↓
高木正勝ドキュメンタリー・フィルム『或る音楽』を観た
太古のヒトが初めて「音楽」を奏でたとき、
それはどんなものだったろう?
受け継がれているはずの「大いなる流れ」に触れようとする
音楽家たちを見つめた、「ある音楽」の記録
「或る音楽」 2009年/カラー/HDCAM SR 5.1ch/約72分
出演 : 高木正勝 (piano, vocal) 田口晴香 (vocal) ヤドランカ (vocal, saz) 松平敬 (vocal) 熊澤洋子 (violin) 金子鉄心 (uilleann pipes, sax) ヤマカミヒトミ (flute, sax) OLAibi (percussion) 佐藤直子 (percussion) 沢田穣治 (contrabass)
音楽&舞台映像 : 高木正勝
監督 : 友久陽志
出典: http://www.epiphanyworks.net/trtr/
吉祥寺バウスシアターに、ドキュメンタリー・フィルム『或る音楽』を見に行きました。
「音楽」というものと真摯に向き合う高木正勝と共演ミュージシャンたちの活動を追ったドキュメンタリー映画。
高木正勝オリジナル作品上映「ホミチェヴァロ」と「ニヒチ」
同時上映として、映像作家でもある、高木正勝自身のオリジナル作品2作も公開された。
「Homiĉevalo」(ホミチェヴァロ)
2008年 12分
出演 : ベイヤード(堀井厩舎)
大淵靖子(多摩美術大学芸術人類学研究所)
映像・音 : 高木正勝
企画 : 多摩美術大学芸術人類学研究所
「NIHITI」(ニヒチ)
2008年 7分
映像・音 : 高木正勝
企画 : 独立行政法人理化学研究所
発生・再生科学総合研究センター
高木作品は、70年代の実験映画みたいな印象だった。
当時の言葉で形容すると、アバンギャルド(前衛的)。
無音なシーンも多く、詩的で抽象的な映像が続く。
ロシアの映像作家、ユーリー・ノルシュテインを初めてこのバウスシアターで(奇遇!)見たときに感じた衝撃によく似ていた。
「NIHITI」は、液体感?と音が快感だった。
映像の色彩も強烈で、美しい。
彼が理化学研究所に行き、細胞のありさまを見ることによって触発されできた作品だという。
上映後は高木正勝と監督のトークショー
上映の後、高木正勝 × 友久陽志(監督) × 御法川修(映画監督)
のトークイベントがあった。
高木氏は大変優しい感じの人。
謙虚なたたずまいで、繊細そうな印象。
演奏をしていて「眠く感じるとき」があり、そういうときは大抵いい演奏ができていることが多い、という彼の話が印象的だった。
自分をからっぽにして、その中を通り過ぎるものを伝えたい、という意味のことも言われていたので、なるほどと思ったのだった。
もう一つは、外国のどこかの村で聞いた、働く女たちの歌声のエピソード。
作業をしながら、誰からともなく発せられたその歌声を耳にしたとき、そういうものこそが価値のあるものなのだ、気づいたという。
とてもよい話だと思った。
高木正勝コラム 「地と血を紡ぐ」に書かれたことともリンクしている。
以下引用。
「日本」に足をつけた「日本人の音楽」がやりたかった。 (中略)沖縄の軒先で唄われる三線の響き、バリの寺院で奏でられるガムラン、アトラス山脈で農作業に没頭する娘たちの唄、サハラ砂漠で満点の星空にこだました太鼓の音色。世界を旅する中、骨の随までしびれた、それらの音体験を思い返すと、不思議な共通点があります。それらの音を現地で聞くと、耳の内の内側まで入ってくる様な奇妙な感覚を覚え、目の前で演奏しているのに何処か遠くの方から届いてくるような、不思議な聴こえを味わいます。そんな空間の広がりと共に、根の如く広がる奥深さを同時に味わいます。唄い手に流れる長い歴史を伴った血や想い。それらがまるで大気や大地と共鳴しているような響き。そこには唄い手や演奏家の顔は、もはや存在していません。ただ音が大気に溢れて包み込む。
自分がやるべきは、こういう音楽なのだと思いました。
高木正勝℗ 田口晴香(vo) ヤドランカ(vo) 松平敬(vo) 熊澤洋子(violin) 金子鉄心(uilleann pipes) ヤマカミヒトミ(fl) OLAibi(per) 佐藤直子(per) 沢田穣治(cb)
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